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htoko’s blog

アラフォー会社員、女、バツイチ、子供なしの忘備録

【映画】『沈黙~サイレンス』(Silence)

人とは滅多に映画を観ない私ですが、最近キリスト教文化を学んでいるという大学の親友と、抜けるような青空のもと六本木へ。

chinmoku.jp

 

拷問シーンが多いのか、やだなあ…ますます一人で観たかったよ…と思いつつ、あっという間、緊張しっぱなしの2時間41分、筋肉もアレだったのか肩が凝った。そして緊張からの解放感からか急激に空腹が襲い、迷宮の六本木ヒルズを右往左往、飛び入りで入った店でチャーハンを無言、文字通り沈黙でかきこむ二人なのでした…

 

遠藤周作の原作は高校生ぐらいのとき読んで、重厚だけど、テーマが自分なりに咀嚼できた気がして、初めて「背伸びして大人の小説が読めた」という手ごたえを得た、そんな存在。小さいころ親に連れられて日曜学校とか行かされて、キリスト教は無縁じゃなかったんですよね。でも日曜学校で「イエス様が私たちのために死んでくださった」「私たちは生まれながらに罪がある」とか、ほんと意味わかんなくて、未だにわかんなくて… そう、そうなの、なんで信じてるのに死ぬまで苦労しなきゃいけないの?なぜ神様は黙ってるの~?

 

さて映画。まず、28年前に原作を読んでこの映画化にこぎつけたという巨匠マーティン・スコセッシの目力(めぢから)の強さよ。お金をかけた時代劇は邦画でもあるけど、何が違うんだろう、その画の力強さたるや。バイリンガル日本人が多い違和感とか吹っ飛ぶ重厚さで、ヘンテコ日本描写とかもなくて、その説得力があの神父が踏み絵を踏むか踏まないかのクライマックスを盛り上げる。自分がこういう、観た後に「あーー、映画を観たーー!」って実感がズーンとくる映画、好きだったことを思い出した。

 

そして、日曜学校を挫折した私はやはり、「神のみが真理」一点張りのロドリゴ神父よりも、ここではそうした宗教は根付かないのだと諭すイッセー尾形のイノウエ様のほうに説得力を感じてしまう。民族性や精神的土壌を考えずに、一方的にこれのみが絶対、と押し付けるのは…

 

でも、史実として、圧政に苦しんだ長崎や熊本の農民を中心に、キリストに救いを求めた人たちがたくさんいたこと、その後何百年も、隠れながらもその信仰を守り続けたこと。その人たちは神父が来たおかげで救われたのだから、神にすがる人の心の強さも、またあるのだとも、思ったのでした。

 

私はポルトガル、長崎の島原、五島に行ったことがあり、個人的にも隠れキリシタンは興味があった。五島列島はあの島々に50ぐらいカトリック教会がある!日本は本当に広いですね。福江島堂崎教会の中に、隠れキリシタンの品々が展示されている…たぶんポルトガル語だろう言葉をひらがなで書いたオラショなどを見ていると、追い込まれた人の意志、信仰のあまりの強さが無言で語りかけてくる。

長崎駅すぐ近くの「日本二十六聖人殉教地」の史料館には、外国人監督撮影によるカクレキリシタンの儀式のビデオが見られて、信教の自由が保障されている現在でも、明け方に無言で祈りを唱える長老たちの姿とか、ちょっと衝撃を受ける。

書きながらいろいろ思い出したので、その時の旅行記を今度書きますね。

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*1:堂埼教会/五島・福江島

*2:ちなみに五島周辺の海(長崎港の外海)は海、荒れる~。ロドリゴ神父、よく2往復した~