htoko’s blog

アラフォー会社員、女、バツイチ、子供なしの忘備録

【映画】『スモーク』(Smoke)

 

smoke-movie.com

映画感想を忘備録として書きますが、友達に話せないコイバナとか黒い気持ちをここでつづりたいので、婚活ネタ(実際の最終目的は結婚ではなく彼氏がほしいのだけど)もぶっこんでいきます。

私、37で離婚して2年ぐらいは傷心で一人の生活に戻ることで精一杯で、40過ぎてからネット婚活、いわゆる婚活サイトに登録して、メールやり取りして、気に入ったら会う、を細々とやってきたんです。サイト以外でも知り合った人を入れると15人ぐらいかな。それで、真剣に好きになったのは一人、ちょっと続いたのもその一人、あとは、なんか一回二回、会った直後に終わっちゃいます。以下、「自分の魅力不足」を差し置いて、ちょっとぐちりま

 

やりとりもそこそこに「ラインやろう」って方多いですよね。私はいわゆるショートチャットが苦手で、メールだと饒舌にいろいろ書けるのに、ラインだととたんに何を話したらよいかわからなくなる。「お仕事は何系ですか?」「どの辺に住んでますか」みたいな、最初のラリーはまあできるんですよ、その後なんです。

「離婚して何年ですか?」「お子さんいらっしゃるんですか?」「離婚原因は?」とかそういうことを、ラインで聞けないですよ、私にとってラインは「軽いチャットツール」なので、友達ならまだしも見ず知らずの男性と、そんな、もっと貯めてじっくり打ち明けたいような話を、チャットなんかで…(チャット偏見)

 

逆にそういうことをどんどん聞いてくる男性がいて、まあ今はそうなんだなと思って、いいなと思った人には特にあらがうこともなく答えるけど、会社の休憩中に見て、返事して、電車の中で見て、返事して、お風呂入って、返事は翌日、とか、コミュニケーションとして落ち着きがない。じっくりチャットできる時間など夜の数十分ぐらいなので、会話が散漫、断片的になる。

 

あと多いのが、「こんにちは」とかだけは送ってくるけど、会話は膨らませてくれない人。「今日は寒いですね」「お仕事今日も忙しいですか?」とか返して、「そうですね~」だけとか、、、なんなん、何したいん!

 

というわけで、自分にとってラインは浅いコミュニケーションしかできないもので、結果として「ラインしましょう」の人とは、ラインに移行したことによってダメになるパターンが自分の場合、多い気がします。でも、これだけ「ラインしましょう」の人が多いということは、チャットで盛り上がって出会いにつなげている人も多いのだろう。私はオワコンなのか…

 

でも、思うんですよ。ネットで検索する。ラインで会話する(会話したような気になる)。一回会う。なんかちょっと、食べ方が気に入らない。笑い方が気に入らない。あの発言、ちょっと気に入らない。その日の夜だけ「今日は楽しかったですありがとうございました」のやり取りをする。次の日からぱったりやりとりがなくなる。ああ、そうですか、切りましたか。ちょっともったいないかなと思いつつも、自分から「また会いませんか」という勇気はない。

ネット恋愛、出会うのは簡単、終わるのも簡単。ええ、深い関係につなげられない私に問題があること大なことは自覚がありますが、それをしみじみ実感する今日この頃なのです。

 

さて、『スモーク』。ハーヴェイ・カイテルが営むブルックリンの街角のタバコ屋を舞台の中心に据えた物語。妻を失った傷心から数年書けなくなっている作家(ウィリアム・ハート)、そこに父と生き別れた黒人青年が加わって…過去にワケありの人々が織りなす物語。最後にハーヴェイ・カイテルが、「クリスマス向けの小説のアイデアが浮かばないから何かヒントを」と請うウィリアム・ハートを前に、延々、語って聞かせる過去のクリスマスの思い出話で物語が終わる。ちょっと変わった構成だけど、タイトル通り、たばこをくゆらせながら話す男たち、女たちの会話を聞いているだけで、上質の小説を読んでいる気分になる(元々小説からできた映画なのだけど)。

 

それで、思ったのはですね、人と人が対面で話すことへの尊さと、それが失われた今への喪失感ですよ。ここの登場人物は、みな、直に会って、たばこをくゆらしながら会話する。妻を失って失望のどん底にいる作家。だけど、近所にあるたばこ屋には必ず顔を出し、二箱買っていく。そのついでに、店主と話をする。店主も彼の過去を知っているから、口には出さずとも気遣いながら、軽口をたたきつつ会話する。そういう描写が連なっていく。

 

1995年の作品なので、メールも携帯もないから当たり前といえば当たり前。1995年といえば私は大学3年生。私たちも、20年前はそうしてたんですよね。電話して、待ち合わせて、会う。ドイツにいた友達に会いに行ったときは大冒険でしたね、時刻表と、日本で最後にFAXしたやり取りが最後のやり取りで。異性と「会う」なんて、それはけっこうな冒険でした。電話か直筆の手紙、または会うしか相手とのコミュニケーションがなかった時代。相手の言葉の、重み。

 

直に会う。話す。失われたのだなあと思うけど、望めば今でもできる。「私はラインは苦手なので、実際に会いませんか」。気に入った人にはこれで行こうと思います。